西 由起子

「富弘さんの詩を歌いたい」 西 由起子

どんな時にも
神様に愛されている
そう思っている
手を伸ばせば届くところ
呼べば聞こえるところ
眠れない夜は枕の中に
あなたがいる

(星野富弘作・愛されている(春蘭)/書籍『あなたの手のひら』/絵はがき集 第18集 収録)

 もう20年程前になるでしょうか。涙をぬぐいながら星野さんの最初の詩画集『風の旅』のページをめくったことを、昨日のことのように思い出します。お母様への深い愛が描かれた「なずな」にしばし立ち止まり、そして詩の中に「私の心の言葉に出来ない思い」を見つけては熱いものが込み上げました。等身大の私の心にまるで寄り添うような、人の心の弱さや不完全さを包み隠さない言葉たち。でも星野さんの詩にはその先に神様への絶対的な信頼がありました。クリスチャンになりたての私はこのことにも大きな感動を覚えたのです。この感動が「星野さんの詩~ことばを歌いたい」「この詩を歌で伝えたい」という思いに繋がって行きました。
才能ある作曲家で、親友の なかにしあかねさんに作曲を委嘱したのが1991年のこと。当時出版されていた詩画集『風の旅』『鈴の鳴る道』から7編を二人で選び、1992年に「星野富弘の詩による歌曲集~二番目に言いたいこと」を初演しました。それ以来、どこで歌っても聴衆の方々が涙を浮かべて聴いて下さいました。そして必ず「CDはないのですか?」と訊かれました。次第に私の心にもCD化への思いが強くなり、思い切って星野さんにお願いの手紙をお出ししたのです。2003年4月、富弘さんからCD化ご了承のお返事をいただいた時の興奮は今でも忘れられません!
夢はそれで終わりませんでした。1年後のCD発売記念コンサートに星野さんがいらして下さり「今日は詩と音楽の結婚式です」とお話をして下さったのです。「星野さんが今、この歌曲集を聴いて下さっている!」詩画集を初めて開いた時には想像も出来なかった夢のような時間でした。その後も軽井沢・横浜と、星野さんの詩によるコンサートでお話や朗読までしていただき、感謝の思いをどのように言葉にしたら良いか分りません。
発売されたCDは「音楽という媒体を通して星野さんの詩の素晴らしさを伝えたい」という私の小さな願いを越えて、「星野さんのCDをお見舞いにプレゼントしたら入院中の病室で最期まで聴いておられましたよ」そんなお言葉もいただくようになりました。星野さんの詩は、名前も知らない方の人生に触れるという大切な経験をさせて下さっています。1年前の秋には再びなかにしさんに第2作「星野富弘の詩による歌曲集~ひとつの花が咲くように」を委嘱、初演しました。歌曲集の5編の詩の中に上記の「春蘭」があります。我が家の居間にいつも飾られている詩画でもあります。眠れない夜はいつもこの詩を思い出して神様の平安をいただいています。

雲の上のような存在の方、親子に近い年齢差であるにもかかわらず、失礼ながら思わず「富弘さん」と(勿論密かに)言ってしまう私なのですが、それは気さくでユーモアに溢れたお人柄につい引き出されてしまうのだと思います。
富弘さん、これからもお元気であの少年のような素敵な笑顔と、優しさ溢れた素敵な詩画を見せ続けてくださいね。

造られたもので
目的のないものはないという
価値のないものも
ないという
動かない指を見ながら
今日は そのことを思っていた

(星野富弘作 ・指(みぞそば)/書籍『あなたの手のひら』/絵はがき集 第13集 収録)

西 由起子(にし ゆきこ)プロフィール

東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修了後、ドイツに留学。第67回日本音楽コンクール声楽部門第2位、奏楽堂日本歌曲コンクール第3位、国際モーツァルトコンクール女声部門第3位など国内外で多数受賞。
2004年「星野富弘の詩による歌曲集~二番目に言いたいこと」をリリース、ロングヒットとなっている。2008年CD「とっておきの賛美歌」リリース。日本演奏連盟・二期会会員。フェリス女学院大学非常勤講師。
http://www.nishiyukiko.com/

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